大判例

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東京地方裁判所 昭和52年(モ)14869号 決定 1977年10月27日

主文

本件申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

理由

一本件申請の趣旨及び理由は別紙二(申請書)、三(上申書)記載のとおりである。

二当裁判所の判断

(一)  被申請人がもと別紙物件目録(一)記載の宅地につき持分八〇分の一の共有持分(以下本件土地共有持分という)を有し、該地上に同目録(二)記載の建物(以下本件専有部分という)を所有し、右専有部分について昭和五〇年八月六日申請外中公実業株式会社の金一〇〇〇万円の債権を担保するため抵当権設定登記をなしていたところ、右専有部分は右中公実業の抵当権に基づく任意競売申立(昭和五一年(ケ)第五二〇号)により競売され、昭和五一年一二月二三日申請人がこれを競落し、昭和五二年五月二四日右競落を原因とする所有権移転登記がなされたことは記録上明らかである。

(二)  申請人は、共有持分権の性質は所有権であり、持分権者は他の共有者の使用権を不当に害さない限度で、自由に共有物全体を使用しうるもので、第三者のために用益権を設定することもでき、従つて本件土地共有持分権のうえに法定地上権を取得することができると主張するので、その当否につき判断する。

そもそも、法定地上権は競落によつて建物所有権を取得した者のために、建物利用上必要な範囲の土地全体に対し、排他的な占有支配を及ぼす用益物権であるから、それは、土地が単独所有され土地の所有者がその土地全体に対し完全な処分権を有するものであるなどの場合に、民法三八八条により法律上当然に土地全体の上に成立しうるものであつて、共有持分のように実質は所有権であつても他の共有者の持分によつて制限されていて、共有土地全体に対する完全な処分権を有していない権利に基づいて成立することはないし、他の共有者の有する使用権により制限された共有土地上に共有持分割合に応じて成立するということもないものと解するのが相当である。

よつて、被申請人の有する本件土地共有持分について法定地上権が生ずるとの申請人の主張は採用できない。

(三)  以上の理由で、本件土地共有持分について、本件専有部分のために、法定地上権の成立を認めることはできないので、本件申請は仮登記原因の疎明がないことに帰し、却下を免れず、申請費用の負担につき民訴法八九条を適用し、主文のとおり決定する。

(岩本信行)

当事者目録<省略>

〔申請の趣旨〕

被申請人所有の別紙物件目録(一)記載の土地につき、申請人のため地上権設定の仮登記仮処分を命ずる。

との裁判を求める。

〔申請の理由〕

一 被申請人は別紙物件目録(一)記載の土地(以下本件土地という)を所有し、別紙物件目録(二)記載の建物(以下本件建物という)を所有していた。

二 被申請人は、本件土地建物につき昭和五〇年八月五日申請外中公実業株式会社(以下申請外会社という)のため、申請外会社を抵当権者とする債権額金一〇〇〇万円の抵当権設定登記手続をなした。

三 申請外会社は、前項記載の抵当権に基づき昭和五一年七月一二日競売の申立をなし、右事件は御庁昭和五一年(ケ)第五二〇号不動産競売事件として継続し、その結果、申請人は昭和五一年一二月二三日建物を競落し、昭和五二年五月二四日その旨所有権移転登記手続をなした。

四 よつて、申請人は本件建物の所有権を取得し、その敷地である本件土地について民法第三八八条による法定地上権を取得した。そこで、申請人は被申請人に対し、本件土地について法定地上権の保存登記手続をなすべく催告したが、被申請人は未だに右登記手続に協力しない。

五 よつて、申請人は被申請人に対し申請の趣旨記載の裁判を求めるため本申請に及んだ次第である。

〔上申書〕

第一 共有持分権に対する地上権の設定について

一 共有持分権について、法は「各共有者は共有物の全部に付き其持分に応じたる使用を為すことを得」(第二四九条)と規定し、共有持分権者の共有物に対する使用すべき権利を認めると同時に各共有持分権者はその持分権を自由に処分すべきことを認めている。後者につき法は明文を定めていないが、判例上(例えば、大判昭三・一〇・一三大判大八・六・二四等)及び学説上異論のないところである。ここに通例として述べられているのは持分の譲渡、持分の上の担保の設定、持分の放棄等の事実であるが、持分上の用益権の設定についてもこれと結論を異にすべき合理的理由は存在しない。

二 即ち、共有持分権とは一個の物に対する権利(所有権)が複数の担い手がいるために制限されたものと解され、その性質は所有権と異らない(大判大八・一一・三参照)とされているところ各共有持分権者は右制限された限度内で前記した通り自由に一所有権者として使用し、収益し処分し得るのである。この点についても判例および、学説上異論がない。しかして、右共有持分権本来の性質からみて、一共有持分権に対して課せられる「制限された限度」とはこれを他の共有者の使用、収益および処分に対し不当に制限させない限度と解さなければならない。又、共有持分権はその担う主体によつて性質を変えたり、支配を及ぼす範囲を変えたりするものでないことは前記持分権の自由処分を認めている趣旨からみて明らかである。然るところ、共有持分権者はその有する共有物に対する処分権限を他に譲渡することが当然できると同様、その有する用益権限を他の者に委ねることも又可能とならざるを得ない。ただ、その者の収得用益権限の範囲は用益設定者即ち共有持分権者がその物に対して使用収益し得る限度(民法第二四九条)に限られるものであるが、右規定上「共有物の全部につき……使用を為すことを得」ることは勿論である。即ち共有持分権の上の用益権者は他の共有者の使用権を不当に害さない限度で自由に共有物全体を使用し得るものと解される。この様に解して初めて本来一個の所有権の対象であるものを複数の担い手によつて合理的に支配させようとする近代法における共有持分権を理解できるのである。

三 亦、右共有持分権が本件の如く分譲マンシヨンの敷地について存し、且つ、その割合がマンシヨンの所有割合に従うものである場合、前記解釈の妥当性は明白である。この場合、共有地である敷地の上にマンシヨンが建築されており、敷地上の用益権限は既に使用済みであるばかりでなく、右用益権限の使用がマンシヨン分譲者のマンシヨン所有割合に従つて決定されてしまつているものであるから、一共有者がその有する敷地共有持分権につき持分の譲渡を始め担保権の設定及び用益権の設定等如何なる処分をなしたとしても他の共有者の使用権を不当に侵害したことにならないことは当然、むしろ共有持分権の合理的処分とさえ言い得るのである。しかして、敷地上の用益権限は既に観念的なものとなつている以上、一共有割合に従つた持分権の処分について何ら不利益を被る危険は全く存在しないからである。仮りに、他の共有者が右共有者と同様その共有持分権上に別の第三者を権利者とする用益権を設定したとしても、用益権者どうし又は一用益権者と他の共有者とはお互いに権利侵害による不利益は存しない。この様に、現実の権利侵害の発生、即ち他の共有者の使用、収益権限の不当な制限がない以上、一共有者の共有持分権の処分は全く自由に認められるべきである。よつて、これらの場合に典型的に表われる通り前記解釈は妥当性をもつものである。

四 右解釈は、本件の如く競落人が法定地上権の成否に拘わるときはより顕著となる。即ち、敷地共有持分権と分譲マンシヨンの双方を所有しており、分譲マンシヨンのみ競売に付されたという事案において、若し競売債務者の有する敷地共有持分権の上に法定地上権が設定し得ないとするならば、競落希望者は分譲マンシヨンの競落にあたり常に他の敷地共有持分権者全員の同意を得る見込をもたなければこれをなし得ないという結論とならざるを得ない。蓋し、右全員の同意を得る見込がなければ、仮りに分譲マンシヨンを適法に競落しても競落人は他の敷地共有持分権者から敷地の不法占有を理由に建物収去土地明渡の請求を受けざるを得なく、斯様なとき競落人は競落代金を支払つて分譲マンシヨンを競落した実利が皆無となつてしまうからである。若し、この様なことが現実に起り得るならば、現実の競売手続、なかんずく分譲マンシヨンの競売手続は全く混乱し、今後右競売手続がなされ得なくなること明らかである。これでは法が競落手続を定めその適正な運営を期待した趣旨が全く没却されてしまう。この様な不当な結論となる原因は専ら、前記した通り敷地共有持分権の上に全く用益権が設定し得ないという解釈に基づくのである。この前提たる解釈じたいを近代法の趣旨及び現実の結果の妥当性からみて合理的に改めなければ、常に前記した通り不当な結果を発生せしめ適正な競落手続を麻痺させることになる。

五 以上の通りみるならば、共有持分権の上の用益権の設定は他の共有持分者との権利との関係で合理的に考えるべきであり、特に最近よくみられる分譲マンシヨンの譲渡又は競落における敷地共有持分権上に用益権を設定は現代社会が円滑に進行するための要請であるとさえ言い得るのである。よつて、共有持分権上の用益権の設定については、各具体的事案において具体的事情のもとに他の共有持分権者との利害を判断してこれをなすべきであると思料される。

第二 本件事案における法定地上権設定の必要性

一 本件は、稲見光が七階建マンシヨンの六階部分及び敷地所有権八〇分の一の共有持分権を有していたところ、右マンシヨン部分のみに競売に付され、佐藤不動産(有)がこれを競落したという事案である。

二 稲見光は昭和三九年四月一五日右マンシヨン及び敷地共有持分権を取得し、これを自由に使用し収益してきたのであり、他の敷地共有持分者らも稲見と同様に八〇分の一ずつの敷地共有権及び同地上の分譲マンシヨンを所有していた。ここにおいて、右マンシヨンは堅固な建物であり敷地上に半永久的に存在するものであるが故に、敷地共有持分権は全くの観念的なものとされ、各分譲マンシヨン所有者は他の者の権利を害さず敷地共有持分権に基づいて共有物である敷地を使用していた。即ち、この限りにおいて敷地共有持分権は同地上の本件分譲マンシヨンを所有する為にのみ存在し、それ以外の譲渡、担保権の設定等処分は単なる観念的なものに過ぎず、現実的には前記分譲マンシヨンの存在を前提としない限り何ら意味のないものとなつていた。勿論、他の分譲マンシヨン所有者は一分譲マンシヨン所有者がその目的のため敷地共有持分権に基づいて敷地を使用することを是認していたものであり、それが故に一分譲マンシヨンがその敷地共有持分権と共に他の分譲マンシヨン所有者(即ち、敷地共有持分権者)の同意を得ずに譲渡されても現実に何らの問題が発生していないのである。

三 亦、現実問題として、競落人である佐藤不動産(有)が敷地を使用して競落マンシヨン部分を利用する為、他の共有持分権者全員の同意を必要とするならば、同社は他の共有持分権者七九名(各八〇分の一ずつの共有持分権を有する)の同意を得なければならなく、全く不可能に近いものである。右同意を得るため同社は更に承諾料等の名目による出費を余儀なくされる可能性も十分ある。しかして、競落人佐藤不動産(有)が時間及び費用を費して右同意を得て初めて安心して競落マンシヨンを使用できるとすることは余りにも非現実的且つ不当であること明らかである。佐藤不動産(有)は決して右手続を予め承諾して本件マンシヨンを競落した訳ではないし、法も競落人の競落物件の使用について競落人に対しこれらの手続を強要している訳ではない。以上の通り、本件マンシヨン競落に際し敷地共有持分権上に法定地上権が設定されないことについて現実的著しい弊害が生じるのである。

四 更に、本件において稲見光は佐藤不動産(有)の法定地上権設定の主張に対し、これを拒否する態度をみせている。本件マンシヨンが競売に付された時点において、競落債務者である稲見光じしん競落人が右マンシヨンを自由に使用することを是認している筈であり、競落後競落人に対し同人が自由に競落物件を使用することを妨げる様な主張をなすことは権利の濫用若くは信義誠実の原則からみて許されるべきではない。故に、本件敷地上の用益権は競売マンシヨンの従物若くはこれに類するものである以上、それを競売債務者じしん予め了承していたものである以上、同人が競落人の競落マンシヨンの自由な使用を妨げるべき主張は理由のないものであり、現在これをなしている稲見光に対して佐藤不動産(有)は法定地上権設定の仮登記仮処分の決定を得ておく必要性があるのである。

物件目録

(一) 東京都渋谷区桜ケ丘町壱五番壱

一 宅地 壱〇弐〇m2六九

右土地のうち稲見光の持分八〇分の壱

(二) (壱棟の建物の表示)

東京都渋谷区桜丘町壱五番地壱

一 鉄筋コンクリート造陸屋根地下壱階付八階建

床面積 壱階 八四六m2八七

弐階 七五参m2参弐

参階 七参六m2壱九

四階 六弐弐m2六四

五階 六弐七m2六四

六階 五壱六m2七五

七階 五〇弐m2弐壱

八階 五五九m2九〇

地下壱階 四八参m2八〇

(専有部分の建物の表示)

家屋番号 桜丘壱五番四参

建物の番号 第六〇壱号

一 鉄筋コンクリート造壱階建居宅

床面積 六階部分七壱m2九六

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